和紙の豆知識   Trivia of paper

 

 「紙」のプロフェッショナルである宇野紙がみなさまにお伝えする紙の豆知識。
普段、馴染みの深い紙から、見るも触るも珍しい紙に至るまで、なるほど納得、はじめて聞いた・・・、そんな紙のあれこれをご紹介します。

 


 

円網ヤンキー抄紙マシン概略図

 機械抄きの和紙とコピー用紙などに代表される洋紙との違いは何でしょうか?どちらも機械で抄いています。確かに和紙は手漉き和紙の風合いに近づけるために作られており、手触りが柔らかく、温かみがあります。しかし、どちらの原料もバルプをメインとして抄いています。同じパルプを使用してどうして、このような違いが出るのでしょうか?

 まず和紙は繊維の長い針葉樹のパルプをメインにしており、洋紙は繊維の短い広葉樹のパルプをメインに抄いております。この違いにより、和紙は嵩高で柔らかい紙になり、洋紙は目の詰まった印刷に向いている紙となるのです。

 そして、2つめが抄紙マシンの違いです。大きな違いはドライヤーの違いです。機械漉きの和紙の多くで使用されるヤンキードライヤーは紙の片面にだけ熱を当てて乾かすため、ドライヤーの当たっている面と当たっていない面で風合いの差が生まれます。これが紙の表と裏になり和紙の大きな特徴となっています。しかし、乾燥させるスピードが洋紙で使用される多筒式ドライヤーよりも遅いため、大量生産には向かないため洋紙に比べコスト高になりがちです。一方洋紙で使用される多筒式ドライヤーは、紙の表裏両面に小さなドライヤーを連続して当てていくことにより、すばやく乾燥させます。これにより表裏のない紙を大量に生産することが可能なのです。

 

 

① 原料槽の中に溜まっている製紙原料を円筒型の網(円網)ですくい上げ、網とフェルトの粗密の差を利用して、紙の素となる原料を次工程に移していきます。

 

② フェルトパートでは紙の地合を形成します。紙の素となる原料の水分を落としながら次工程のドライヤーパートに移していきます。

 

③ ドライヤーパートでは紙を乾燥させます。高温に熱せられたドライヤーの表面に紙を当てて乾燥させます。機械抄き和紙の抄紙で使用されるヤンキードライヤー方式では紙の片面にのみ円筒型の大型ドライヤーを当てて紙を乾かすため、紙に表裏があります。ドライヤーに当てられた方が表面(ツル面)、当たっていない面が裏面(ザラ面)になります。

 

④ 欠点検知器で異物が入っている箇所に目印を入れます。後の工程で異物の入っている箇所を除去し、前後の紙をつなぎ合わせます。

 

⑤ 巻き取りパートでは乾燥した紙を巻き取っていきます。巻長8000m~12000mくらいのマザーロールに仕上げます。後の工程で希望幅にスリットします。

 

⑥ スリット工程ではマザーロールをユーザー様の希望にあわせてスリットします。また欠点検知器によって入った目印をもとに、異物の入っている箇所を除去し、前後の紙をジョイントします。

 

⑦ 製品幅にスリットされた原紙を梱包し、製品名、巻m数、ロットNo、ジョイント回数などが記載されたラベルを貼り完成です。

 

 


 

和紙について

 和紙は洋紙に比べ繊維が長く、紙厚が薄くても耐久性や保存性に優れ、美しい風合いが特長です。生産性の低さから価格は高いものの、トータル的に見ると、薄く、強靱で世界で最も優れた紙と言え、世界各国の文化財修復にも使用されております。

 大量に生産された江戸時代には、建具の他に着物や寝具にも使用されていました。現在、なじみの深いところでは、紙幣の素材などに用いられています。また、天然の素材として、インテリア向けの需要も高まっており、その他に卒業証書をはじめ、様々な習い事のお免状用紙などは越前和紙の透かし入りの鳥の子、局紙、もしくは檀紙などが使用されています。
 和紙の代表的な産地に「越前和紙(えちぜんわし)」「美濃紙(みのがみ)」「土佐和紙(とさわし)」があり、3大和紙産地と呼ばれています。

 製紙技術の歴史は、中国「後漢」時代に蔡倫(さいりん)が改良したことから始まります。日本への伝来は、610年と言われており、ヨーロッパへの伝来と比較して500年以上も早く伝来しました。さらに、513年五経博士が百済より渡来し、「漢字」「仏教」が普及しはじめた頃、写経が仏教普及の大きな役割をはたしていたことから、この頃すでに紙漉人がいたのではないかとも推測されています。年代のわかるものとして、現存する最古の和紙は、正倉院に残る美濃、筑前、豊前の戸籍用紙です。また、最古の写経である西本願寺蔵の「諸仏要集教」は、立派な写経料紙に書かれており西暦296年の銘記があります。

 西域への伝来は日本への伝来の約140年後の事であり、製紙技術者が戦時捕虜となることで伝来しました。当時、製紙法は中国とその周辺国家における国家機密であり、高句麗からの技術の伝達は信頼の証として伝承されたものでした。紙の発明地と伝えられる中国や地続きの朝鮮半島と交流のあった日本には、そのような理由から比較的早い時期に伝来したと考えられます。